自分の人生の責任

自分の人生を考え始めた友人がいる。

彼女は今は専業主婦だが、夫から「働いて欲しい」と言われたそうだ。

彼女の話を聞いていると、働きたくない様子だった。


彼女は誤解をしていた。

働く=我慢する

こんな構図が頭の中に出来上がっていたようだ。


「自分の好きなことをしてお金がもらえたら、働くってサイコーじゃない?働いてみたいって思わない?」

彼女は衝撃を受けたような顔をしていた。


そこから、彼女自身が自分の『心』について、深く自分の内へと向かっていく探求の旅が始まった。


思い浮かべたらワクワクすること。

あなたって、どんなことが好き? 逆に、どんなことが嫌い?


これはある程度、自分自身に問いかける訓練を行っていかないと、自分から答えは返ってこないのだ。

でも、とっても大切な事。

ここに『生きる目的』が隠されているからだ。

彼女はそれからずっと考え、自分に問いかけていた。


彼女の心がワクワクする瞬間を、彼女と会って聞いていたある日、

彼女の好きな事と収益が合致する可能性を見つけた。


そして私は彼女へ提案した。

彼女はそれを持ち帰り、パートナーへ相談した。

彼女からの返信はこうだった。


『自分としては強く惹かれたけど、家から遠いし、

夫からも「遠すぎ・・・無いな」って言われて・・・ 

強く惹かれたんだけど・・・』


その文面を読んだとき、私は過去の自分を思い出していた。

私も昔、何かをするときに夫の判断でやるかやらないかを決めてた。

そこで、彼女に『自分の人生の責任』について伝えることにした。


『私は昔、夫に自分の人生に関わる事の最終判断を任せてたの。

夫がオッケーと言ったらやる。駄目だと言ったらやめる。

これって、自分で自分の人生の責任取るの放棄してるなぁ~って、今ならわかる。

でも、当時の私は、怖かったんだよね。責任取るの。

子供の頃は母に責任を取ってもらい、母の次は夫に・・・

って。

夫の範囲内で生きるのが、自分にとってトキメク事だったら、夫の判断で決めていけば良いと思う。

しかし、"仕事はなんでも良い訳じゃない"、"自分ができることって?"って思うのであれば、それは自分の意思で進んでいかなければ見えてこないものだから、自分で人生の責任を取らないとね。

『私はこうしたいんだ』って、相手を説得していく力をつけていかないといけないのかな。』



これを伝えた彼女の反応は、図星だったようだ。

そして同時に、『一歩前へ進んでみよう』という道を考え始めたようでもあった。


そんな彼女にもう一つ伝えたいことがあった。

義理堅い人が陥る考え方だ。


『あなたも昔の私と同じような空気を感じるから、伝えるね。

私はこう見えて、義理堅い人間なの(笑)。

だから一度仲間に入ったら、抜け出すのは『裏切り行為』と捉えてたの。

だから何かをする時に、抜け出す時のことを心配しすぎて、行動できなくなっちゃったりする。

でもそれでは何も夢をつかめないと思い、捉え方を変えた。

やめたくなって抜け出す時は『裏切り』ではなく、『卒業』と思うことにしたの。


入る時は、そこに何か得るものがあると心が感じるから、心が「ここだよー。入ってみない~?」って呼び掛けるんだ。

そして抜け出したくなる時は、「ここで得られるものはもう得たから、次にあなたが行く道はそっちじゃないよ~」って心が言ってるんだ。


だから、そこの学校は卒業。

そんな捉え方に変えたら、目の前の一歩に踏み出す勇気が出たよ。

そしてすごく大切なこと。

『やめたければ、いつだってやめても良いんだよ』

この言葉を忘れないこと。

心が軽くなって、一歩が踏み出しやすくなるよp(^-^)q』



そう、人生には『やってもいいし、やらなくてもいい』ことだらけ。

この言葉を自分に投げかけ、自分に許可を与えることによって、本当に自分が求めていること(したいこと)が見えてくる。

それをすることが、人生においてのミッションであり、自分にとって正しい事だと、私は思う。



今日も彼女は自分に問いかけている事だろう。

”あなたって、どんなことが好き?”


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