フラットな心

人は不思議なもので、

自分の中の相手に対する想いは、

相手には伝わっている。



人は善悪の判断基準を用いて相手をジャッジするが、

この世の中に絶対的な善悪など存在しない(犯罪を除く)。



時代の中で『教育』として刷り込まれた善悪基準が作られてしまうが、

もっともっと長い人類の過去・未来の中ではその基準は通用しない。


ほんの一時の善悪基準でしかない。


そんな普遍的なものを絶対的な基準だと思い相手をジャッジするのは、

大変に惜しいことだと思う。

相手の素晴らしいところが見えなくなってしまう。



人と人とがより良いコミュニケーションをしていくには、

『対話』は必須である。

なぜなら、自分以外の人間の考えは人の数分だけあり、

擦り合わせをしないと間違った方向へ行く可能性が高いからだ。



そして冒頭に書いたように、

自分が相手に抱いた想いは相手に伝わる。


相手が心を開いてくれない限り建設的な感情の擦り合わせはできない。


相手が心を開いて話をしてくれるには、

常に自分は相手に対してフラットな気持ちでいる必要がある。



善悪のジャッジはしない。

「あなたの正解は何?」私はただそれが知りたいだけ。




まずは自分の心の中にどんな善悪の判断基準が存在するのかを見つめる必要がある。


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