自分との折り合い

生きる上での基本的な愛情の受け取りが完了したら、今度は自分自身を探索する旅へと

向かい始めた。

・自分は何で生まれてきたのか?目的は?

・自分という人間はどういう人間なのか?

・私を取り囲む人々と私は、どういう魂の繋がりなのか?

・私がこの世でしたいことは何なのか?

・自分が昔から感じていた感情は、何処に由来するものなのか?

様々なスピリチュアルカウンセラーや魂の世界の話に出逢い、

ここ数か月で、自分が納得できる答えが見つけ出せたように思える。

神秘的でもあるが、とても腹落ちできた世界。

久しぶりに、数年前に通い詰めていた食育の会へ参加した。

この食育と出逢った当初は、目新しい話に心を惹かれ夢中になっていた。

しかし時が経ち慣れてくると、今度はここに集う仲間の中にしっくりこない自分に気づく。

しかし、今までとは違う。

今までは完全にアウェイ感を感じていたが、ここに集う人達は、自分の考え方に似ているのか、

そういう心の傷つき方ではなかった。

向こうは完全にウェルカムなのに、なぜか心を開いて入っていけれない自分がいる。

だから、しばらくこの食育の仲間とも離れていた。

アウェイ感。

子供の頃から感じていた。今まではそれが何なのか、表現する言葉が分からず、

心がモヤモヤしていた。

スピリチュアルカウンセラーのブログに書かれていたこの言葉。

心にしっくり入ってきた。

子供の時から、興味の対象が他者とずれており、同類に出逢えていなかった。

そして、考え方、意見もあまり合わない。

そしていつしか、『合わない』ことに焦点を当てて人生を生きるようになっていた。

『合わない』数の分だけ傷ついていった。

大人になり、「人は色々な考え方を持っているから、合わなくて当然」と、よく耳にしたが、

そんな言葉は、私の心にある深い闇には、全く響いてはこなかった。

きっと私が求めていた答えは、そこではなかったのだろう。

自分の魂の話を聞いたとき、腹に落ちた。

”だからか・・・”

私はその時から自分を責めるのをやめた。意味がないことに気が付いたからだ。

そんな成長した自分を持って、再度の挑戦。

食育の会へ参加。

やはり以前に感じた違和感。

”やっぱりダメか・・・”

そう感じて少しだけ落ち込みそうになったが、自分は確実に成長していた。

自分が感じていた違和感の意味が分かったのだ。

会社生活だけでは心の交流がなく、あまりにも淡々と時間が過ぎる日々に虚しさを覚える。

だから、心の通ったこの食育の会と繋がっていたいと思い再び参加。

しかし、

気持ちがついていけていない自分。

そして分かったのは、『ここに通う人達は感情が豊かで、それを感じ、言葉にして発する力がある』

私がついていけていない感は、ここにあるんだと分かった。

私の魂の質を聞いて、過去の体験、感情から分かったことは、

私は、感じる心は豊かだが、それを発する言葉が不足している。

だから自分の思いを伝えきれずに、心がモヤモヤする。

まるで、保育園児のよう。

感じてはいるのに、それを伝える言葉がわからず、かみついたり、ヒステリックになったり。

(私はかみつきはしないが・・・)

以前行っていた時、この食育の会で様々な表現を学んだなぁと、実感したことが多々あった。

みんなが言う感想の中に、”そうそう、私が抱いた感情はそれ!その言葉!”

スピリチュアル系の人と話している時も、私の感情をぴったりの言葉で表現してくれ、

やっと外へ吐き出す言葉が見つかり、心がすっと軽くなったり。

だから、私にとってこの食育の会の場は、それを学ぶ場所なんだと分かった。

みんなが感じられて私には感じれないものもここにはたくさんある。

だから、

何でそう感じたのか?

どの部分が?

と、自分が感じれないことを恥じるのでなく、

『感じれないけど、感じてみたいから教えてほしい』

どんなアンテナを張ったらキャッチできるのか。

このスタンスで行けばいいんだと、はっきりと分かった。

本当は、”やっぱりしっくりこないから、また行きたくないなぁ~”と思ったけど、

ここに気づけて、”もったいない。自分が知りたい部分を知っている先生がたくさんいるんだから、

教えてもらいに行こう”って思えるようになった。

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