私の中の『ちびちゃん』

私が5/21のブログ【「私」という人】で書いた、『意を決して初体験をした』

内容について、その時に起こっていた私の心の中の世界を書きます。

何が起きていたのか、今日、ようやく分かったので。


(参考:5/19ブログ【【宣言】私が今世でやり抜くこと】)


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友人が助手席に乗っている時に「歌を歌う」に挑戦。

この友人には私はしっかりと自分を出しているし、

私という人間をよく理解してくれている。

まずは、「安心できる人の前で歌う」から挑戦してみた。

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《以下、私の心の中の声》


さぁ、挑戦するぞ!

本当に歌えるかな・・・ドキドキする・・・

あれ?やっぱりいつも一人で歌っているの感じと違う・・・

あ・・・声が震える・・・

集中できない(世界に入れない)・・・




大丈夫、大丈夫、この状況を理解して一緒にいてくれてるんだから、

「こいつ下手だな」とか「変なやつ」とか、思われないから。




大丈夫、安心して、集中して良いよ。


ほら、この歌気持ちよくて、あなた大好きだよね。

音楽に集中して良いんだよ。

「人」に集中しなくていいからね。

音楽って、気持ちいよね。

思いっきり気持ちいい感じ、味わっていいよ。




あっ、ちょっとずついつもの感じが出てきた。



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当時は気付かなかったけど、今思うと、頭と心の意識体が入れ替わった瞬間。(こういう表現で良いのか良く分からないが)

最初の葛藤を言っているのは、私の中にいる大人の部分(これを『大さん』と名付けよう)。『大さん』は「頭の意識体」で、とても常識的。でも、口うるさいし、いっぱい縛ってくる。

『大さん』がいっぱい声かけて安心させているのは、私の中にある4歳くらいの天真爛漫な部分(これを『ちびちゃん』と名付けよう)。『ちびちゃん』は天使。「悪意」とか知らない。ただ、愛で溢れてきたら「気持ちいい~」「楽しい♪」と幸せいっぱいになり、愛を感じられないと、苦しくて、悲しくて涙が出ちゃう。

以下は『大さん』と『ちびちゃん』に分けて書きます。

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『大さん』:大丈夫、恐くないよ。誰も傷つけないから出ておいで。

ほら、音楽なってるよ~。気持ちいいよ~。



『ちびちゃん』:あ~、本当だ。気持ちいい~。



ーでもちょっとしたことで、ハッと『ちびちゃん』が隠れそうになるー



『大さん』:大丈夫。気にしなくていいよ。

ほら、感じたままに外に出してみて。




『ちびちゃん』:いいかなぁ・・・いいよね?思いっきり浸っていい?


『大さん』:いいよ。いいよ。やってごらん。


『ちびちゃん』:あぁ、やっぱり気持ちいい~♪

あの人も、この人も、「愛」でいっぱいになれ~。

この世界が「愛」でいっぱいになれ~。






ー曲終了ー





ああああああーーーーー怖かったーーーーー!



しばらく、体がガタガタ震えてた。







この体験を振り返ってみると、

2018年辺りに書いていたブログで『大人の自分』『子供の自分』の存在に気付き、

(参考:【心に曇りがかかるもの】)

統合させていくのだが、この1年くらいは統合されたと思ってた。

でも、今またこの部分のテーマになってる。

多分、この1年くらいは、その時の私にちょうどいいバランスだったのだろう。

しかしここ数日前から突入したステージでは、

『子供の自分(ちびちゃん)が活躍する』

なのかもしれない。




このちびちゃん、最近は、

恐がりなくせに(いっぱい攻撃されてきたから)、「私も一人前になりたい!」って主張してくる。

2017,8年辺りに『大さん』完全無視の『ちびちゃん』時代があり、

2019年は『大さん』がサポートしての『ちびちゃん』も一緒にやる時代があり、

2020年は、またちょっと違う感じ。

『ちびちゃん』自身が、自分で自分の場所を築く。感じかなぁ~。

まだ言葉に表現できるほど実態を掴めていないので、はっきりとは分からないが。


でもこんな感じがあるので、

『ちびちゃん』が絶対的に安全と思っていない場所でも「前に出てみたい!(=歌いたい)」って思ったんだろうね。


多分この一年は、

『ちびちゃん』自身が自分を、

「自分で在っていい」

「自分が社会に出ていい」

って許可をしていくんだろうと思う。

過去の恐怖と闘いながら。


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